大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(特わ)51号 判決

被告人

本籍

東京都渋谷区神山町一六六八番地

住居

東京都港区三田二丁目七番一号シャトー三田三一三号

会社役員

小林壽彦

大正一四年一月一六日生

被告事件

所得税法違反被告事件

出席検察官

三ツ木健益

主文

1  被告人を懲役八月および罰金一、三〇〇〇万円に処す。

2  被告人において右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場留置する。

3  被告人に対し本裁判確定の日から二年間右の懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は東京都中央区銀座五丁目六番一二号ほか七か所に店舗を、同都渋谷区松濤一-三-二に事務所を設け、カクテルコーナー、パンザ、ポニー、ラツキー第一、築地等の名称でバー、喫茶店、遊技場、料理店の経営、洋菓子の製造販売等の事業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、使用人小山常教と共謀のうえ、売上の一部を除外して簿外預金を設定し、これを店舗増設のため借入れた簿外借入金の返済に充てる等の方法により所得を秘匿したうえ、

一、昭和四一年分の実際課税所得金額が別紙第一記載のとおり三、六三四万八、二〇〇円あつたのに、昭和四二年三月八日東京都中央区新富町三丁目三番地所在所轄京橋税務署において、同税務署長に対し、課税所得金額が一二二万七八〇〇円で、これに対する所得税額が二一万五四五〇円である旨の内容虚偽の確定申告書を提出し、正規の所得税額一、九七一万三九〇〇円と右申告税額との差額一、九四九万八四五〇円については法定の納付期限までに納付せず、もつて右不正の行為により同額の所得税を免れ、

二、昭和四二年分の実際課税所得金額が別紙第二記載のとおり四二五五万一〇〇〇円あつたのに、昭和四三年三月一三日前記京橋税務署において、同税務署長に対し、課税所得金額が一三五万八〇〇〇円で、これに対する所得税額が二四万三三〇〇円である旨の内容虚偽の確定申告書を提出し、正規の所得税額二三七二万六九〇〇円と右申告税額との差額二三四八万三六〇〇円については法定の納付期限までに納付せず、もつて右不正の行為により同額の所得税を免れたものである。

(税額の算定は別紙第三記載のとおり。)

(証拠の標目)

判示全般の事実につき

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の検察官に対する供述調書ならびに大蔵事務官の被告人に対する質問てん末書六通

一、証人小林通男の当公判廷における供述

一、小林通男、小林士郎の検察官に対する各供述調書

一、公判調書中の次の者の各供述記載(かつこ内は公判期日)

小山常教(第二、三、四、五、六回)小林正八(第五、六回)小林士郎(第六回)

以下判示各年分の所得について勘定科目ごとに挙示する(特定のために末尾かつこ内で証拠書類については検察官の証拠調請求番号を、証拠物については押収番号昭和四六年押第五九四号の符号を示す。)

一、売上につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

小林士郎(甲一-62)、高橋三郎(甲一-85)、青木広(甲一-48)

2  大蔵事務官作成の調査書二通(甲一-279、甲一-297)

3  次の者に対する大蔵事務官の各質問てん末書

小林正八(甲一-26)、志田隆夫(甲一-35)、松井智恵夫(甲一-32)、小野哲夫(甲一-34)

4  次の証拠物

別口売上集計表一綴(34)、店別売上ノート二冊(42)、中野店売上伝票二綴(10、11)、売上伝票三綴(16)、麻雀売上伝票一綴(8)、四二年仕入帳一綴(7)、売上伝票一綴(18)、請求書控三冊(20)、売上伝票綴二綴(22)、仕入帳二綴(32、33)42/12分パーテイ券受払表一袋(39)、銀行出納帳三綴(48)

一、仕入につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

末木鉄夫(甲-一53)、渡辺璋好(甲一-55)、小山鉄之助(甲一-70)、佐々木敏和二通(甲一-71、72)金子忠(甲一-86)、星野光政(甲一-86)、高橋茂雄(甲一-110)

2  次の者の作成にかかる各回答書

朝長厳(甲一-111)、須田一造(甲一-112)、松橋正三(甲一-115)、石川透(甲一-125)、岩瀬正雄(甲一-125)、池田伝三(甲一-126)、石川礼信(甲一-127)、岡田和久(甲一-129)、土屋正(甲一-131)、石山鐘煥(甲一-139)、林千雄(甲一-140)、北村源次郎(甲一-143)、玉井清(甲144)中村広良(甲一-145)、五十嵐丈夫(甲一-146)、倉田光雄(甲一-148)、大竹福次(甲一-154)、昆野太郎(甲一-158)、大井正栄二通(甲一-162、163)、市川行夫二通(甲一-164、165)、清水康雄(甲一-167)中村日出之(甲一-169)、西形勝蔵(甲一-170)、橋本理三郎(甲一-167)阪田正三(甲一-173)、池田誠二通(甲一-174、175)、早野うた子(甲一-178)、石塚重平(甲一-181)、横田茂平(甲一-185)、高木一郎(甲一-189)、香取倉之(甲一-196)、成塚清志(甲一-204)、中村良三(甲一-208)、西村敏男(甲一-210)、森進(甲一-211)、川路希代子(甲一-217)、西田正枝(甲一-220)、河野長次郎(甲一-222)、藤徳司(甲一-223)、小栗富士雄(甲一-228)、松田太郎(甲一-230)、小倉千代登(甲一-231)、植木通雄(甲一-233)、岡本敏(甲一-235)、石井清二(甲一-236)、小山博康(甲一-237)、村山三治(甲一-240)、山崎製パン株式会社(甲一-242)、八巻真(甲一-243)、勝代誠治(甲一-250)、若色昌男(甲一-277)、足立半司(甲一-333)

3  大蔵事務官作成の調査書三通(甲一-280、283、292)

4  大蔵事務官の次の者に対する各質問てん末書

小林正八(甲一-24)、松井智恵夫(甲一-32)、小杉正毅(甲一-38)、山田徳男(甲一-43)、玉熊公一(甲一-45)

5  小林正八の検察官に対する供述調書三項(甲一-28)

6  次の証拠物

領収書等一袋(6)、店別売上帳(ナポリ会館・大番)一綴(63)

一、期首、期末たな卸高につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

小野哲夫(甲一-52)、小林士郎(甲一-62)、小林禄郎(甲一-65)、志賀彰(甲一-77)、松井智恵夫(甲一-99)、小林寿彦(乙11)

2  次の者に対する大蔵事務官の質問てん末書

小山常教問二二(甲一-5)、松井智恵夫(甲一-46)、小林正八(甲一-25)、志賀彰(甲一-33)

3  次の証拠物

日計在庫表(中野ポニー)一綴(12)、棚卸表綴一綴(23)、在庫票(築地)一袋(36)

一、次の者の作成にかかる各上申書

1  次の者の作成にかかる各上申書

小池融(甲一-79)、長谷川幸男(甲一-89)、外池登志郎(甲一90)

2  次の者の作成にかかる各回答書

ト部芳太郎(甲一-205)、清水嘉男(甲一-203)

3  大蔵事務官作成の調査書三通(甲一-281、283、287)

4  松井智恵夫に対する大蔵事務官の質問てん末書(甲一-32)

5  経費領収書綴一綴(19)

一、燃料費につき

1  次の者の作成にかかる各回答書

有馬康男(甲一-118、119、120、121、)、川鍋達朗(甲一-122)、中山豊(甲一-206)

一、水道光熱費につき

1  次の者の作成にかかる各回答書

小島実(甲一-201)、東京都水道局鎌倉河岸、渋谷、中野、世田谷各営業所(甲一-251~254)、東京瓦斯株式会社渋谷、杉並各営業所(甲一-255、256)、東京電力株式会社銀座、世田谷、渋谷各支社(甲一-257~259)

2  大蔵事務官作成の調査書三通(甲一-282、283、292)

一、通信費につき

1  日本電信電話公社銀座、渋谷(二通)、駿河台(二通)、野方、世田谷、目黒、中野、代々木(二通)各電話局作成の各回答書(甲一-265~275)

2  小林士郎に対する大蔵事務官の質問てん末書(甲一-20)

一、広告宣伝費につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

保坂五郎(甲一-96)、増永義(甲一-98)、山崎浅次郎(甲一-104)

2  次の者の作成にかかる各回答書

昼問政道(甲一-113)、内田広志(甲一-130)、小酒井正基(甲一-133、134)、松岡正雄(甲一-142)、早川和男(甲一-155)、不和田仁(甲一-180)、小畔明子(甲一-184)、高木正瀬(甲一-192)、牧純信(甲一-202)、星銅光子(甲一-232)、柳田忠雄(甲一-244)、清水重徳(甲一-245)、森進(甲一-211)

3  大蔵事務官作成の調査書(甲一-283)

一、交通費、交際費につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

小林正八(甲一-67)、小山常教(甲一-106、109)、小林寿彦(乙12)

2  次の者に対する大蔵事務官の各質問てん末書

小林正八(甲一-25)、小林禄郎(甲一-31)、松井智恵夫(甲一-32)、小野哲夫(甲一-34)、志田隆夫(甲一-35)小林通男 問七(甲一-331)

3  次の証拠物

中野店売上伝票一綴(10)、売上伝票(42・5中野)一綴(13)、売上伝票三綴(16)、

4  大蔵事務官作成の調査書(甲一-283)

一、損害保険料につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

外池登志郎(甲一-90)、津島豊彦(甲一-97)

2  次の者の作成にかかる各回答書

江間成光(甲一-190)、山内輝幸(甲一-241)

3  大蔵事務官作成の調査書(甲一-283)

4  次の各証拠物

麻雀売上伝票一綴(8)、自動車購入領収書等一袋(60)

一、修繕費につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

伊東亮一(甲一50)、柴安格郎(甲一-82)、高松茂(甲一-84)、梅本英視(甲一-91)、増永義(甲一-98)

2  次の者の作成にかかる各回答書

藤川道夫(甲一-114)黒須一政(甲一-150)、佐野直明(甲一-156)、高松茂(甲一-182)、根岸春雄(甲一-183)、内田定雄(甲一-186)、伊部保幸(甲一-187)、長瀬八郎(甲一-200)、福田公雄(甲一-214)、内海高一(甲一-218)熊谷俊男(甲一-227)、巻口成弘(甲一-234)、丸山尚康(甲一-248)、森幹雄(甲一-278)、鎌田仁郎(甲一-332)

3  次の者に対する大蔵事務官の各質問てん末書

松井智恵夫(甲一-32)、内海高一(甲一-40)、高松茂(甲一-41)

4  大蔵事務官作成の調査書(甲一-283)

5  次の各証拠物

経費明細書綴二綴(14)、経費明細書綴三綴(17)経費明細書綴四綴(24)、請求複写簿控二冊(69)、売上帳三綴(70)

一、消耗品費につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

直井利介(甲一-49)、川澄善一郎(甲一-54)、中林商伍(甲-73)白石善雄(甲一-74、75)、砂庭完寿(甲一-78)、広瀬宏二(甲一-83)、平井富士男(甲一-92)馬場容吾(甲一-93)藤野松三郎(甲一-95)、保坂五郎(甲一-96)、有馬重彦(甲一-102)、山村貞雄(甲一-103)、

2  次の者の作成にかかる各回答書

秋本稔(甲一-116)、浅野一良右衛門(甲一-117)、岩間博(甲一-124)、内田広志(甲一-130)、小野楠広(甲一-132)、大野義一(甲一-135)、鈴木和夫(甲一-136)、岡村利夫(甲一-137)、霞弘(甲一-138)木村定雄(甲一-147)、栗田重吉(甲一-149)、大山忠義(甲一-151、152、153)、相田政雄(甲一-159)、望月秀雄(甲一-161)、清水利雄(甲一-166)、玉川光頼(甲一-168)、久保田善丸(甲一-172)、竹本光太郎(甲一-176)、池田寛(甲一-179)伊部保幸(甲一-187)、小町谷二郎(甲一-188、194)内山恭夫(甲一-191)、中根幸助(甲一-207)、西山哲也(甲一-209)、森進(甲一-211)、中込良章(甲一-219)、藤井清(甲一-224)、藤田喜一(甲一-225)、保坂貞三 四通(甲一-229)、伊藤嘉啓(甲一-238)、水沢主英(甲一-239)、早川孝一郎(甲一-247)、渡辺益雄(甲一-249)、森幹雄(甲一-278)

3  大蔵事務官作成の調査書(甲一-283)

4  小林正八に対する大蔵事務官の質問てん末書(甲一-25)

一、福利厚生費につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

小林士郎(甲一-58、60、105)、小林正八(甲一-67)

2  次の者の作成にかかる各回答書

中村広良(甲一-145)、横田秀昭(甲一-246)、

3  大蔵事務官作成の調査書三通(甲一-279、284、295)

4  志田隆夫に対する大蔵事務官の質問てん末書(甲一-35)

5  次の各証拠物

失業保険書類一綴(28)、労災保険書類一綴(29)

一、雑費につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

小林正八(甲一-67)、鈴木正浩(甲一-80)、堀田耗造(甲一-88)、奥村正(甲一-88)長谷川幸男(甲一-89)、深沢一成(甲一-94)、矢沢公貴(甲一-101)

2  次の者の作成にかかる各回答書

有馬康男(甲一-120)、森貫一(甲一-128)、藤塚徳明(甲一-157)、行友富雄(甲一-160)、高橋次男(甲一-177)、佐藤貢(甲一-193)、唐崎請嗣(甲一-195)、浜野博(甲一-197、198)、吉田裕伸(甲一-199)、清水嘉男(甲一-203)、工藤宏(甲一-212)、田中一夫(甲一-215、216)、細田健二郎(甲一-221)、東京都渋谷、世田谷、中野、京橋、神田各清掃事務所(甲一-260、264)、鈴木キク子(甲一-276)

3  大蔵事務官作成の調査書八通(甲一-279、283、285、287、291、292、293、294)

4  次の者に対する大蔵事務官の各質問てん末書

小林士郎問一八(甲一-19)、松井智恵夫(甲一-32)、小林通男問七(甲一-331)

5  次の各証拠物

麻雀売上伝票一綴(8)、ラツキー売上伝票一綴(9)、中野店売上伝票一綴(10)、売上伝票(42・5中野)一綴(13)売上伝票三綴(16)、売上伝票一綴(18)、経費領収書一綴(19)、領収証一袋(21)、売上伝票綴二綴(22)、労基法関係書類一綴(27)、経費日計票二綴(30、31)、領収証等一袋(45)、譲渡権利金額領収書一袋(47)、領収証等一袋(45)、領収証(築地分)一通(56)

、雇人費につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

小林通男(甲一-57)、小林士郎(甲一-61)、小山常教(甲一-69)

2  大蔵事務官作成の調査書(甲一-286)

3  次の者に対する大蔵事務官の各質問てん末書

小山常教 問三、四(甲一-5)、小林禄郎(甲一-31)、松井智恵夫(甲一-32)、

4  次の各証拠物

麻雀売上伝票一綴(8)、売上伝票三綴(16)、ラツキー売上伝票(9)、売上伝票綴(22)、経費日計票一綴(30)、42/12分パーテイ券受払表一袋(39)、店別売上ノート二冊(42)、従業員給与計算表一袋(43)、給料支給明細表等一袋(44)、納税領収書等一袋(51)、ホステス前貸等明細一袋(61)、給料明細一袋(62)

一、地代家賃につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

清水敏昌(甲一-51)、小山豊治(甲一-56)、鈴木正浩(甲一-80)、三田みちい(甲一-100)、小林士郎(甲一-107)

2  杉浦清三作成の回答書(甲一-213)

3  大蔵事務官作成の調査書(甲一-283)

4  寺村義一に対する大蔵事務官の質問てん末書(甲一-39)

5  次の各証拠物

譲渡権利金領収書一袋(47)、貸室賃貸借契約書等一袋(49)、領収証通帳五通(57、58)

一、減価償却費につき

1  小林寿彦作成の上申書(乙13、14)

一、除却損につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

小林寿彦(乙13)、柴安裕郎(甲一-82)

2  小林士郎に対する大蔵事務官の質問てん末書(甲一-22)

一、利子手数料につき

1  津島豊彦作成の上申書(甲一-97)

2  大蔵事務官作成の調査書(甲一-287)

3  小林寿彦に対する大蔵事務官の質問てん末書(乙6)

一、雑収入につき

1  次の者の作成にかかる各上申書

小林士郎(甲一-58)、小林禄郎(甲一-66)、小山鉄之助(甲一-70)

2  次の者の作成にかかる各回答書

滝口直亮(甲一-141)、藤徳司(甲一-223)、勝代誠治(甲一-250)、日本電信電話公社銀座・渋谷・駿河台(二通)、野方、世田谷、中野各電話局(甲一-265~270、272)

3  大蔵事務官作成の調査一通(甲一288、289)

4  次の者に対する大蔵事務官の各質問てん末書

山田徳男(甲一-43)、小栗富士雄(甲一-44)

5  次の各証拠物

給料支給明細表等一袋(44)、麻雀売上伝票一綴(8)

一、専従者控除、申告所得対応収入につき

1  小林寿彦名義の所得税確定申告書昭和四一年分、同四二年分(1)

一、雑所得につき

1  大蔵事務官作成の調査書(甲一-290)

(争点に対する判断)

一、所得の帰属について

弁護人は、判示の各所得は被告人と実弟小林通男との共同経営にかかる共同事業から生じたものであるから、損益分配の約定によつて喫茶、製菓部門の事業による収益である約四分の一は通男に帰属するし、仮りに損益分配の約定がなかつたとすれば出資比率により通男に全事業収益の約三分の一が帰属することになるので、いずれにしても被告人の所得としては判示の各年分の所得よりも約四分の一ないし三分の一減じられなければならないと主張する。

よつて検討すると、前掲各証拠を総合すれば、被告人の判示各年分の所得を構成する事業のバー、遊技場、烹、活魚、喫茶店、洋菓子製造の各店舗による事業の発端は昭和二六年ころ被告人が東京都渋谷区宇田川町八〇番地の借店舗で始めた「バー・パンザ」であつて、その収益を蓄積して次第に他の店舗を加えて大きくしてきたものであるところ、その間に実弟通男、士郎、正八、禄郎らも被告人に協力し、その事業の発展に貢献しており、被告人の信頼する友人小山常教をも加えて、被告人の事業のそれぞれ中枢的な役割を占め、右の兄弟、友人の協力があつてはじめて被告人の事業収益があげられている実態に徴し、被告人の事業が右の兄弟、友人との共同事業的色彩を有するものであること、ならびに小林通男が被告人に次ぐ経営者的立場にあることはこれを否定しえないところである。

しかし、弁護人は被告人が右「バー・パンザ」の店舗の二階を改造し、「ビリヤード松竹」を発足させた当時、通男が約五〇万円の資金を持ち寄つて被告人の右ビリヤード事業に共同経営者として参加したものであり、その後右「ビリヤード松竹」を区画整理後「喫茶ポニー」に改造した時点である昭和三〇年ころ被告人と通男との間で損益分配の約定が成立したというけれども、右のような通男の出資の事実も、損益分配の約定も次のとおり証拠上認めがたい。

(イ)  通男の出資の有無

被告人は、当公判廷において、被告人が「バー・パンザ」を約一年経営したところ、営業成績が良好だつたので、その二階を改造して「ビリヤード松竹」を経営することとなつたが、その改造の資金として通男が持参した約五〇万円の金を注ぎこみ、通男がこの遊技場の営業の責任者となり、かくして一階の被告人の営業名義による「バー・パンザ」、二階の小林通男の営業名義による「ビリヤード松竹」の事業を被告人と通男との共同経営による共同事業とすることとなつた旨供述し、証人小林通男も昭和二六、七年ころ被告人が始めていた「バー・パンザ」の二階を改造して「ビリヤード松竹」の営業を始める際に約五〇万円の金員を持参して被告人との共同事業をはじめた旨供述している。両者の供述するところは右のとおりほとんど符合しているけれども、被告人は通男の持参した金員は二階を改造する資金にしたといつているのに対し、通男はビリヤード松竹の玉突台などの代金は月賦で支払つていたので、運転資金はあまり必要でなかつたし、二階改造資金は被告人が調達したもので月賦で支払つたようである、店の営業名義は「バー・パンザ」、「ビリヤード松竹」とも小林寿彦名義であると述べている。

ところがこれに反し、大蔵事務官の被告人に対する昭和四四年二月八日付、同年四月八日付各質問てん末書の記載によれば、被告人は「ビリヤード松竹」を右「バー・パンザ」の二階で開業するためこれを改造する工事は友人の大工坪谷謙一が一切無料でやつてくれ、玉突台などの設備資金は一階の「バー・パンザ」の利益や改造後の二階ではじめた「ビリヤード松竹」の利益の中から月賦で支払つたと思うと述べていて、通男が出資した金員の有無については何ら触れていない。したがつてもし、この質問てん末書の記載のとおりであつたとすれば通男が出資する余地はないのである。また小林通男も被告人の事業に出資していると述べるに至つたのは、公判段階になつてからのことで、大蔵事務官による調査、検察官による捜査のいずれの段階においてもこの点に触れるところがなかつたというのである。

おもうに、共同経営により事業を開始する場合、出資の有無、形態、割合など出資に関する事実は損益の分配に関する約定とともに共同事業契約の内容として最も重要な点であるから、もし真実出資の事実があつたとすれば、たとい、それが書面となつていなかつたにせよ被告人や通男の所得の割合を左右する重要な事実として調査捜査の段階でこれを詳述するのが自然であろう。しかるにこの重要な点において、被告人、小林通男とも調査、捜査段階と公判段階とで変転した供述をしているのである。そうだとすると、被告人、証人小林通男の当公判廷の各供述はいずれも右の出資の点に関する限りにわかに措信しえないというほかはない。

他に通男が共同経営者として出資していることを示す証拠はない。もちろん、通男が被告人の事業に参加するあたりに、いくらかの金員を被告人に提供した可能性も否定しえないところではあるが、その後後記(ロ)のとおり長年月にわたり利益分配の行われた事実もなく、被告人、通男とも共同経営者としての意識も有していなかつた事実に徴すれば、それは単なる贈与又は貸付とみるのが妥当であつて、弁護人の主張する共同経営のための出資金とはいえない。

以上のとおり、弁護人が主張している通男の出資事実は認めがたい。

(ロ)  損益分配の約定の有無

被告人、証人小林通男の当公判廷における供述によると、昭和三〇年ころ、右の「バー・パンザ」、「ビリヤード松竹」の店舗が区画整理により移築されたのを機会に、「バー・パンザ」を「トリスパー」に、ビリヤードを廃して「喫茶ポニー」に改めて営業することになつたがその際、二階の「喫茶ポニー」の店舗内で被告人と通男とが話し合い、その後の喫茶店関係の営業はすべて通男が責任をもつてその経営にあたり、その損失、利益とも全て通男に帰属させる旨両者の間で合意に達したというのである。

しかし、被告人、通男とも調査、捜査段階においては、右の喫茶店をはじめるにあたつて、被告人と通男との間でもたれた話し合いでは単に喫茶関係事業については通男が責任をもつて切りもりすることとする旨の合意が成立したと述べているにすぎないのであつて、それ以上に損益の分配について約するところは見受けられない。

仮りにもし右の話し合いが被告人らの公判における供述のとおり損益分配率を決めたものとすれば、既に本件起訴対象年度まででも約一〇年余あるのであるから、その間に何回かその話し合いにもとづいて損益の配分が行なわれるのが自然であろう。

しかし、何ら損益分配のなされた事実のないことは被告人も認めるとおりであり、近い将来においても予定されていないのである。

さらに、被告人が供述している損益分配率ならびにその範囲自体動揺していて一定のものではない。

また、仮りに損益分配を被告人の供述している方法でなすとすれば、その前提として経理処理の中で、喫茶製菓関係の部門の収益は別個に経理する必要があるのに、被告人が責任をもつて進めてきた他のバー、料理店などの営業におけると同じく一緒に松濤事務所で集計され、特に区別することなく経理処理がなされてきているのである。

結局以上に指摘した諸点を総合すれば、被告人と通男との喫茶営業に関する話し合いというのは単に職務の分掌、責任の範囲を約したものにすぎず、通男と被告人との共同経営の契約とも、損益分配の約定とも、配分率を決したものともいずれとも認められない。

以上(イ)、(ロ)で検討した出資の有無、損益分配の約定の有無の点のほか、被告人がその事業の運営の全般に最終的な決定権をもつているのに、通男は喫茶、製菓部門のみの責任者にとどまり、両者は営業上の地位に格段の差異があること、経理はすべて被告人のもとに集約されていること、銀行からの借入や担保の提供などは被告人の名で行なわれ通男名義の負債もその実は使用人小山常教が被告人の意思決定にもとづいて折衝にあたり、その管理運営もすべて被告人のもとでなされているもので、真の債務者は被告人であること、通男名義の資産は通男が真実その権利を有しているものではなく、もちろん通男が共同経営者として利益の分配により取得したものでもなく、単に営業の便宜上通男名義で取得しているにすぎないこと、各店舗の営業名義が通男や妻小林則子となつているのは、単なる営業の便宜上そうしているにすぎないこと、通男が固定給の支給を受けず、月々若干の生活費を任意に取り出しているのは事実であるが、このような支給方法をとつているのは小林士郎も同様であり、いずれも共同経営者としての利益の分配とはいえないこと、などの証拠上認められる事実を総合すると、本件の事業は被告人の単独の事業であつて、他の兄弟との間で利益の分配をなすべき共同経営と認めることはできない。

要するに被告人の本件事業は被告人と他の兄弟との共同経営的なものであるとまではいえるけれども、結局は共同経営の基礎的な要素である出資の事実も損益分配の約定も認められないし、本件事業の実態に即してみても、共同経営そのものとは認められないのであるから被告人に本件事業の全ての収益が帰属するというほかはない。

二、実行行為について

弁護人は、本件各ほ脱行為に被告人は何ら関与していないのであつてほ脱行為は総務・対外折衝担当の使用人小山常教が単独で行なつたにすぎないと主張する。

しかしながら、前掲各証拠を総合すれば、被告人は前記渋谷区宇田川町八〇番地所在の借店「バー・パンザ」から本件各年度の規模にまでその事業を発展させてきたものであつて、各店舗を開設したり拡張したりする場合には、必ずその売上の実績にもとずき発展性、将来性の有無を見通して被告人自身が最終的な決断を下し、いうまでもなく、そのために適確に各店舗の収益の大きさを把握してきたものであり、小林士郎が手伝うようになつてからは同人に命じて店別売上ノート(前同押号の42)を作成させてこれに日々の各店舗の実際売上高を記載させ、これに基づいて、収益の大きさを適確に把握してきたものであり、特に店舗開設の当初はその店舗の営業が順調に進捗するよう格別努力することとしていたのであつて、被告人は要するに自己に帰属する所得の大きさについては事業経営者として充全に把握していたものである。他方、被告人は、小山が手伝うようになつた昭和三一年ころからは同人に命じ、右のように所得を把握するために諸帳簿を作成しているのに、その事情を秘して税務当局の納税相談を受けさせ、格段に少額の所得しかないように装つて白色確定申告書を提出させていたものであり、このような申告書記載の所得税額が全く虚偽、過少の不正のものであることは事前あるいは事後に小山から報告を受け、充分認識してこれを了承していたものである。そして右のように過少申告した動機目的について、「実際の儲けどおりに税金を納めていては事業の拡張資金を手に入れるため銀行に預金して信用を得ることができなかつたので、悪いということはよく知つておりましたがこの方針でやつてきた」という被告人の供述記載(被告人の検察官に対する供述調書)はそのほ脱の犯意について真情を吐露したものと認められる。

したがつて、判示各年度における所得税ほ脱の準備手段として判示のとおり経理上別口売上を計上し、売上の一部を除外して簿外預金を設定し、これを店舗増設のため借り入れた簿外借入金の返済に充当する等の帳簿上の操作をなしているのであるが、その帳簿操作の実際については専ら小山常教が小林士郎らに指示を与えて行なつていたものであつて、被告人自身指示したものでなく、直接詳細な帳簿操作の内容を認識していなかつたとしても、被告人と小山とは所得税ほ脱の犯意をともにし、ただ被告人はその目的実現の具体的な手段方法については、これを経理に明るい小山に委ねていたというにすぎない。

すなわち被告人は虚偽過少申告という不正行為については充分認識し、この不正行為を実行することによる所得税ほ脱なる結果発生を意欲していたもので、小山とともに所得税ほ脱犯の共同正犯というを妨げないから、小山常教の単独犯行であるとの弁護人の主張は採りがたい。

なお、弁護人は過少申告はそれだけでは所得税法二三八条一項にいう「偽りその他不正の行為」に該らないと主張するけれども、右法条にいう「偽りその他の不正の行為」とは国の有する租税債権を侵害する結果を惹起するに足ると認められる、社会通念上不正と認められる一切の行為を言うのであつて、内容虚偽の過少申告をする行為が、ここにいう「不正の行為」の一態様であることはいうまでもないところであり、弁護人の主張はあたらない。

(法令の適用)

一、判示各所為につき 所得税法二三八条、刑法六〇条(情状により懲役と罰金を併科)

一、併合罪につき 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(懲役刑につき犯情の重い判示二の刑に法定の加重、四八条二項(罰金刑につき)

一、換刑処分につき 刑法一八条

一、執行猶予につき 刑法二五条一項(懲役刑のみ)

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 池田真一)

別紙第一

修正損益計算書

小林寿彦

自 昭和41年1月1日

至 昭和41年12月31日

別紙第二

修正損益計算書

小林寿彦

自 昭和42年1月1日

至 昭和42年12月31日

別紙第三

税額計算書

小林寿彦

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